医師による残業代請求訴訟に対する反訴において、使用者による管理職手当(合計157万5000円)の不当利得返還請求が認められた事例(恩賜財団母子愛育会事件(東京地判平成31年2月8日))

東京地裁は、病院の医長として勤務をしていた医師による残業代請求に対し、使用者である社会福祉法人が、当該医師に対して支払っていた管理職手当相当額について不当利得返還請求の反訴提起をした事案において、使用者の請求を認容し、当該医師に対して過去の管理職手当(合計157万5000円)の支払を命じました(恩賜財団母子愛育会事件(東京地判平成31年2月8日))

 

労働基準法上、管理監督者については、労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用除外とされているため(労基法41条2号)、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えて労働をした場合でも、法定休日労働をした場合でも、割増賃金の支払義務は負いません(ただし、深夜労働については、適用除外の対象となっていないため、割増賃金の支払義務を負います。)。

管理監督者性については、その実態を基に判断されますので、裁判例においては、使用者が管理監督者として扱っていたとしても、その有効性が否定され、法定時間外労働割増賃金や法定休日労働割増賃金の支払義務を負うことがあります。

管理監督者については、法定時間外労働割増賃金等の代わりに、管理職手当を支払っていることが一般的かと思いますが、管理監督者性が否定された場合に、この管理職手当をどのように扱うかという点が問題になります。

ある裁判例では、課長代理の地位にあった労働者による残業代請求がなされた事案について、管理監督者性は否定したものの、課長代理に対して支払われていた特励手当は、実質的な割増賃金の支払であるとして、残業代単価の計算から除外し、これを割増賃金に対する既払分として扱いました(東和システム事件(東京高判平成21年12月25日))

したがって、管理監督者性の有効性が問題となる事案において、使用者側としては、予備的な主張して、管理監督者性が否定されたとしても管理職手当は残業代単価の計算からは除外し、割増賃金に対する既払い分として控除されるべきであるとの主張をすることが可能です。

本件は、管理監督者ではないことについて争いがない事案について、既払い分の管理職手当の不当利得返還請求権を肯定したという意味において、極めて重要な裁判例です。

もちろん、このような請求が認められるかは、管理職手当についてどのような規定がされているかによって判断が分かれるところです。

本件の場合、裁判所は、「本件給与規則29条1項が「管理又は監督の地位にある職員に対し管理職手当を支給する。」と規定し、労基法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」と類似した表現を用いていることからすれば、両規定は同一の内容を規定したものと理解するのが相当であって、管理職手当の支給対象者は労基法41条2号の管理監督者であると理解するのが相当である」と判断しています。
そのため、規定上は、「役職者に対して、以下の通り役職手当を支給する」としか記載されておらず、役職手当の支給対象者が労基法上の管理監督者であるとの解釈ができない場合(例えば、実労働時間に応じた残業代の支払がなされている主任にも役職手当の支給がなされているような場合)には、このような請求は認められないものと考えられます。

このように、管理監督者性が否定された場合の役職手当の不当利得返還請求権が認められると一概にいえるものではありませんが、本判決は、管理監督者の残業代請求において使用者側有利に引用することのできる裁判例ですので、その意義は大きいといえます。

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