Q&A~過労死事案における上司及び取締役の責任~

Q. 当社は機械の製造を行う会社なのですが、ある従業員が業務中に脳出血を起こしてしまい、その後死亡しました。その従業員の遺族が、脳出血の原因は長時間労働にあるとして、当社のみならず、直属の上司や取締役に対しても損害賠償請求をすると主張しています。このようなケースの場合、会社のみならず、上司や取締役が損害賠償責任を負うことはあるのでしょうか。

A. 長時間労働が原因で脳出血等を起こして従業員が死亡するという、いわゆる過労死のケースの場合、使用者である会社のみならず、従業員の上司や取締役の損害賠償責任が認められることもあります。また、時間外労働を削減する手段を講じていながらも、より実効的な手段が想定されるとして、上司や取締役の損害賠償責任が認められることもありますので、注意が必要です。

 

【解説】

1 前提
労働契約に基づき、使用者は労働者に対し、「労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」義務(安全配慮義務)を負っています(労働契約法5条)。
そのため、例えば、労働者が長時間労働に従事している場合、使用者は、時間外労働を削減するための措置を講じることが求められます。このような措置を講じなかったことにより過労死が起きたときは、使用者は損害賠償責任を負います。
2 上司の責任
安全配慮義務を負っているのはあくまで使用者であり、上司が直接的に安全配慮義務を負っているわけではありません。
もっとも、上司は、部下を管理監督する立場であり、実際に長時間労働の有無を現認でき、それに対して必要な措置を講じることで、過労死が起きることを防止することができる立場にあります。
したがって、このような必要な措置を講じずに過労死が起きた場合には、不法行為(民法709条)に基づいて、上司個人の損害賠償責任が認められることがあります。

裁判例においても、「使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべき」として、使用者のみならず、上司も損害賠償責任が認められる余地があるとされ(電通事件(最判平成12年3月24日))、実際に、上司の損害賠償責任が肯定されています。

 

3 取締役の責任
取締役は、任務懈怠について、悪意・又は重大な過失がある場合には、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負います(会社法429条1項)。このような取締役の責任は、取締役の善管注意義務や忠実義務に根拠を有しております。
そのため、例えば、労務に関する体制構築を担当している取締役や、比較的小規模の会社で会社全般の業務を把握・管理している代表取締役には、善管注意義務及び忠実義務の一内容として、労働者が健康を害することがないような体制を構築することが求められ、これをしなかったことにより過労死を生じさせたような場合には、損害賠償責任が肯定される可能性があります。
裁判例においても、長時間労働が原因で新入社員が過労死したという事案で、会社とともに、代表取締役等の損害賠償責任が肯定されています(大庄ほか事件(大阪高判平成23年5月25日))。

 

4 使用者側が講じるべき具体的措置
これまで述べた通り、過労死や過労自殺のような痛ましい事件が起きた場合、会社のみならず、その上司や取締役についても損害賠償責任が肯定される可能性があります。
では、どのような対応をしておくべきかでしょうか。
想定される対応としては、長時間労働に従事している労働者の業務を他の従業員に割り振る、その労働者の上司が業務を引き継ぐということなどが考えられますが、どの程度の対応をすべきかは個別具体的な事情によって変わってきます。
ある裁判例では、上司(取締役)が、労働者の負担軽減のために他の従業員に役割分担の声掛けをしたり、自ら業務を分担するなどしていたものの、その労働者が脳出血により死亡したという事案で、その上司の損害賠償責任が肯定されています(サンセイ事件(東京高判令和3年1月21日))。この裁判例の場合、上司(取締役)が実際に行った措置(声掛け、業務引継ぎなど)により時間外労働は削減されたとはいえ、依然として、いわゆる過労死基準である月80時間の時間外労働が発生していたことから、使用者側の措置は不十分であり、より実効的な措置を講じるべきであったと判断されたようです(会社と連帯して、計2335万円の支払が命じられたようです。)。

このように、使用者側としては、一般的に想定される措置を形式的に講じれば損害賠償責任を免れるということではなく、その労働者の時間外労働の状況を踏まえこれを削減するための実効的な手段を講じる必要があるということに、ご注意いただく必要があります。

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