弁明の機会を経ないけん責処分が無効とされた例(テトラ・コミュニケーションズ事件(東京地裁令和3年9月7日判決))

コンサルティング業務等を行う会社から受けたけん責処分が無効とであるとして、これによって損害を被ったと主張する労働者が損害賠償請求訴訟を提起した事件で、東京地裁は、けん責処分は、弁明の機会を経ずに行われたものであって無効と判断しました。
経緯としては、会社の企業年金を確定拠出年金に移行するにあたって担当者が関係書類の提出を求めたところ、労働者が「この件で、私が不利益を被ることがありましたら、訴訟しますことをお伝えします。」とメールをしたことから、そのメールの翌日に、「「訴訟」という単語による脅迫および非協力的な態度」を理由にけん責処分を行いました。処分前に、労働者に対し、メールを送付した趣旨を確認する、言い分を聞くということは行われていませんでした。

東京地裁は、「懲戒処分に当たっては、就業規則等に手続的な規定がなくとも格別の支障がない限り当該労働者に弁明の機会を与えるべきであり、重要な手続違反があるなど手続的相当性を欠く懲戒処分は、社会通念上相当なものといえず,、懲戒権を濫用したものとして無効になるものと解するのが相当」として、けん責処分のような一番軽い懲戒処分であっても、原則として弁明の機会を与えるべきであるとの基準を示しました。
その上で、本件の場合、メールを送った「経緯や背景を含め,本件メッセージの送信についての原告の言い分を聴いた上で判断すべきもの」であり、「原告に弁明の機会を付与しなかったことは些細な手続的瑕疵にとどまるものともいい難いから、本件けん責処分は手続的相当性を欠く」ため無効とし、これによって労働者に生じた精神的損害10万円の支払を会社に命じました。

懲戒処分が濫用であるとして無効と判断される場合のひとつに、弁明の機会を付与していないなどの手続的な適正を欠くことがあります。裁判例でも、手続違反を理由に懲戒処分が無効と判断された裁判例として、日本通信(懲戒解雇)事件(東京地裁平成24年11月30日労判1069号36頁)などがあります。
ただ、全ての懲戒処分の場合に弁明の機会を付与しなければいけないかというと、労働者に重大な不利益を生じさせる懲戒処分(特に、懲戒解雇、諭旨解雇等)の場合は必須であるものの、軽微な懲戒処分であれば必須とまではいえず、少なくとも弁明の機会を付与しなかったことを理由に直ちに無効と判断されるものではないという考え方が主流であったと思います(日本通信(懲戒解雇)事件も懲戒解雇の事例です。)。
本判決は、一番軽い懲戒処分でも弁明の機会の付与が必要であり、これを欠いたことのみを理由に懲戒処分を無効としている点で、使用者に極めて厳しい判断をした事例といえます。

判決文を読む限り、労働者は、確定拠出年金への移行について、以前にも抗議をしたり訴訟提起の可能性に言及をしていた事情はあるようです。そうすると、これまでの経緯を踏まえ、労働者の主張や言い分は把握できており、再度、弁明の機会を付与するだけの実質的な必要性があったのか(手続き違反のみを理由に懲戒処分を無効にするほどの違法性があるか)は疑問です。手続違反の点ではなく、むしろ、けん責処分対象となるだけの非違行為といえるかどうか(実質的な意味で懲戒事由に該当するか否か)を判断すべきであった事案であるように思います。

使用者の立場で、本判決をどう整理すべきかは悩ましい問題です。
個別事例とはいえ、こういった判断がなされた事案がある以上、懲戒処分を行うにあたり改めて労働者の言い分を聞くべきかどうか、慎重に判断することは必要ですし、同じ言い分や主張が想定されるからといって手続きをしなくて良いという判断は軽率と言わざるを得ません。
一番軽い懲戒処分であっても、最低限の弁明の機会は付与するような運用が望ましいといえますので、注意をしていただければと思います。

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