札幌地裁が、HIV不告知を理由とした内定取消しは違法であると判断し、使用者たる社会福祉法人に165万円の支払を命じる

札幌地方裁判所は、病院を運営する社会福祉法人が、HIV感染をしているにもかかわらずこれを面接時に告知しなかった内定者について、内定取消しを行ったという事案について、令和元年9月17日に、HIV感染の不告知を理由とする内定取消しは違法であると判断し、使用者たる社会福祉法人に、165万円の支払を命じました(https://mainichi.jp/articles/20190917/k00/00m/040/061000c)。本事件では、内定者が、過去にこの病院で診療を受けたことがあったため、当時のカルテを基に、HIV感染の事実が発覚したようです。裁判所は、労働者にHIV感染の感染事実を告げる義務があったとはいえない、採用時にHIV感染の有無を確認することは特段の事情のない限り許されない、と判断したようです。

採用面接を行い、内定を出したものの、その後に新たな情報が発覚し、内定取消しが行われるケースがあります。その典型例は、経歴詐称の場合です。経歴詐称は、使用者からすれば裏切行為であり、採用時点からこのような詐称や虚偽申告をする者との間で信頼関係を築くことなど到底不可能であるため、内定取消しは当然であると考える方が多いように思います。しかしながら、経歴詐称であれば当然に内定取消しを有効に行うことができる、というわけではなく、使用者に厳しい判断がされるケースも多々あります。

そもそも、採用内定の法的性質については、「始期付解約権留保付労働契約」の成立と理解されています。すなわち、入社日という労務提供の「始期」はついているものの、労働契約自体は成立しているため、使用者の判断で自由に契約解消を行うことができるわけではありません。ただ、採用から入社までの間に、内定者について新たな事実が発覚する可能性があるため、この期間中については、解約権が留保され、その範囲内で使用者は内定を取消すことができるとされています。この点は、最高裁において、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当」との判断が示されており(最判昭和54年7月20日(大日本印刷事件))、解約権の範囲が限定されていることが分かります。

そのため、単に経歴詐称をしたというだけで、当然に内定取消しをすることができるのではないということに注意が必要です。

HIV感染の事実が問題になった本事件についても、労働者側は、投薬をしていれば他者への感染リスクをゼロに抑えることができるため、就労に問題はない旨を主張しており、本事件は、この点の認識の齟齬や理解度の差に起因しているものと思われます。

昨今、LGBTへの配慮や各種ハラスメントの防止など、使用者に求められることは増え、また変化しています。使用者としては、正しい知識と理解を常にアップデートさせ、適切な労務管理を行うことができるように努めていく必要があります。

なお、職業安定法上、採用面接時に求職者から取得する個人情報については業務目的達成のために必要な範囲内で収集することが規定されており、指針(※1)において、採用面接時に(原則として)聞いてはいけない事項が以下のとおり列挙されておりますので、ご参照ください。

 

① 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
② 思想及び信条
③ 労働組合への加入状況

※1 「職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関して適切に対処するための指針」(平成11年労働省告示第141 号)(https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/dl/h241218-03.pdf

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