雇用と業務委託の区別(労働者性の有無の判断基準)

1 問題の所在
近時、フリーランス型の働き方は増加傾向にありますが、企業が、フリーランスなどの個人事業主に対して業務委託契約や請負契約の形式で業務を委託する場合、実態において雇用契約であると判断されてしまうと、労働基準法違反その他の多数の法令違反状態となります。その結果、いわゆる未払い残業代の問題が発生するほか、年次有給休暇を与えなかったことに対する慰謝料、健康保険の被保険者として届出なかったことに対する慰謝料など、種々のリスクが発生する可能性があります。
個人事業主への業務委託が、法的な評価として雇用契約であるか業務委託契約であるかの判断は、実態における労働者性の有無によって判断され、労働者性があれば雇用契約、労働者性がなければ業務委託となります。
そのため、個人事業主と業務委託契約を締結するにあたっては、契約書の記載およびその実態の双方において、労働者に該当しないよう注意する必要があり、また、委託したい業務の内容や指示の程度に照らして労働者に該当すると考えられる場合は、雇用契約を締結する必要があります。

2 労働者性の判断基準
労働基準法上の労働者性については、旧労働省労働基準法研究会の報告書「労働基準法の「労働者」の判断基準について」(昭和60年12月19日。以下「昭和60年報告」といいます。)で示された基準が存在し、多くの裁判例もこの基準に沿って判断しています(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf)。
昭和60年報告における労働者性の判断基準は、以下のとおりです。

Ⅰ「使用従属性」に関する判断基準
(1)「指揮監督下の労働」に関する判断基準
①仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
②業務遂行上の指揮監督の有無
③拘束性の有無(勤務場所及び勤務時間の指定の有無)
④(業務提供の)代替性の有無
(2)報酬の労務対償性に関する判断基準(報酬額、計算方法等)
Ⅱ「労働者性」の判断を補強する要素
(1) 事業者性の有無
① 機械、器具の負担関係
② 報酬の額(高額であるか)
(2)専属性の程度
(3)その他

3 労働者性をめぐる裁判例
具体的な労働条件や業務の在り方の個別事情が、労働者性の肯否にどのように影響するかについて、多数の裁判例があります。
各裁判例において考慮された要素を列記すると以下のようになります。各要素の総合考慮により判断されていますので、1つの要素のみで判断はできませんが、複数の事例に共通の事情も見られ、参考にできると思います。

※(+)は労働者性を肯定する方向に働く要素
(-)は労働者性を否定する方向に働く要素

【肯定例】

職種、裁判例日付、事件名 考慮された要素
英会話講師
名古屋高判R2.10.23(NOVA事件)
・一定の授業進行を求め、社内資格研修の受講必須など委託講師の裁量性が小さい(+)
・空き時間に社内業務に従事(+)
・雇用された講師と同様の服装指示・指導(+)
・レッスン実施に諾否の自由がない(+)
・勤務場所・時間の拘束があった(+)
・報酬に労務対償性がある(+)
・雇用講師との1コマあたりの報酬差額は200円に過ぎない(+)
・委託講師が第三者にレッスンを再委託した実績は存在するが、代替が容易とは言い難い(+)
コピーライター

東京地判R2.3.25(ワイアクシス事件)

 

・受託者は委託者の顧客から受注する際の窓口業務も担っており、顧客からの委託を拒否する余地はなかった(+)

・委託者は業務の性質上業務内容について具体的指示を行わないが、顧客の指示に従う必要があった(+)
・業務の進捗状況、進行予定について月2回の定例会議で報告し、既存顧客からの売り上げを増やす努力を求められていた(+)
・週5日、1日8時間以上委託会社に出勤(+)
・委託業務を第三者に代替させることは困難(+)
・業務量を定めず月額の固定報酬であり、出勤時間の実態と併せ考えると、労務提供の対価たる性質あり(+)

映画の撮影技師

東京高判H14.7.11(新宿労基署長(青銅プロダ クション)事件)

・映画製作の技術的内容について映画監督からの指揮命令を受け、監督が最終決定していた(撮影技師には専門技能に由来する独立した職能が存在するが、監督は各専門技術者の技術を統括し調整するものであって、独立した職能は指揮命令関係を否定しない)(+)
・報酬は映画1本の固定額であったが、日当と予定撮影日数を基礎として算定(+)
・映画撮影を引き受けるかどうかの諾否の自由は存在する(-)が、作成された予定表に従って行動しなければなら得ず、個々の具体的な仕事を拒否する自由は制約されていた(+)
・予定
表に従って集団で行動し、場所もロケ現場であって、時間的・場所的拘束性が高い(+)
・自らの判断で他の者に労務提供させたり、補助者を使うことは認められていなかった(+)
・撮影機材は撮影技師所有のものではなくプロダクション所有の機材を使用(+)
・報酬は給与としての源泉徴収ではなく芸能人報酬として源泉徴収されていた(-)
・就業規則の適用はなかった(-)
県民共済のパンフレット配布員

東京地判H20.2.28(千葉労基署長(千葉県民共済生活協同組合)事件)

 

 

 

 

・配布員はパンフレットの配布地域や枚数の割り当てについて協議の余地はなく、諾否の自由はなかった(+)
・パンフレットの配布についてマニュアルにより詳細かつ具体的な指示指導がなされていた(+)
・配布業務の開始前、終了後、月末に詳細に定められた各種報告文書の提出が指示されていた(+)
・報酬は歩合制ではあるものの、担当地域や配布枚数の変動が乏しいことから、毎月ほぼ固定されていた(+)
・募集にあたり報酬の目安として「時間当たり最低保証2000円から最高3000円」と記載するなど時間給的な計算を考慮していた(+)
・特別報奨金(賞与的性質)や退会慰労金(退職金的性質)が支払われ、退会慰労金は退会理由が自己都合であるか否かによって支給率に大きな差があった(+)
・配布には自分の自動車を用いるが移動代の月額支給を受けていたほか、電話代等の経費や傷害共済の掛金を事業者側が負担していた(+)
・配布員は専業主婦に限定して採用され、他の仕事に従事することを禁止していた上、支部長との面談、定期的な研修会があった(+)
・採用及び選考の過程は労働者と異なっていた(-)
・就業規則の適用はなかった(-)
高齢者集合住宅の生活協力員

東京高判H23.5.12(多摩市シルバーピア事業事件)

 

 

・指定された業務従事時間に施設内の高齢者生活相談所を勤務場所として業務を実施(+)

・業務日誌等を作成して提出していた(+)
・法定どおりの有給休暇を付与され、有給休暇を超えて欠勤すると給料は日割計算となった。給与支払いに当たって給与明細書、給与所得の源泉徴収票が発行・交付された(+)
・労働保険・社会保険が掛けられていた(+)
・募集要項において、「雇用」され「嘱託職員」ないし「職員」になるとの記載がなされていた(+)

パソコン教室の店長

東京地判H25,7,17(キュリオステーション事件)

 

 

・直営店店長としての業務のほかに、フランチャイズオーナーへの研修実施業務や、サポート業務、他の直営店店長の勤怠管理・人事考課、幹部会への出席を行うなど、報酬と対価関係に立つ委託業務の範囲が不明確(+)
・これら委託業務の範囲外の業務につき諾否の自由がみとめられない(+)
・一般の従業員に比して毎月の収入が多い(-)
・勤怠管理は義務付けられていなかった(-)
保険代理店の保険勧誘員

大阪地判H25.10.25 (株式会社MID事件)

 

・保険勧誘業務以外の業務の指示を拒否することができなかった(+)

・ミーティング参加や日報作成が義務付けられていた上、午前9時から午後5時までの勤務時間が定められ、直行直帰には会社の了解が必要であった(+)
・委託事業者が専属代理店となっている生命保険会社以外の保険契約を取り扱うことを禁止され専属的に業務を行っていた(+)
・業務につき第三者への委託や補助者の利用が想定されず労務の提供に代替性がなかった(+)
・契約書には、試用期間、定年、勤務時間及び休暇のように、労働契約において通常定められることが多い条項が存在するだけでなく、給与所得の源泉徴収票を交付するなど、労働者であることを前提とする言動をしていた(+)
・報酬は完全歩合制であった(-)
・業務に用いる自動車やPCは自ら用意していた(-)

サ高住の看護師

大阪地判H27.1.29 (医療法人一心会事件)

 

 

 

 

 

 

・「業務請負契約書」との標題であったが、「労働契約期間」、「就業の場所」、「就業時間」、「休日」、「賃金」、「退職に関する事項」及び「労働条件は、当会就業規則によります。」など労働契約を前提としたかのような記載(+)
・看護師として作成されたケアプランや医師の指示に従って業務に従事し、また、主たる業務がサ高住におけるケア業務から外来診療業務へと変更されるなど、諾否の自由や代替性はなく、具体的な指揮監督を受けていた(+)
・シフトによって指定された休日の変更は認められなかった(+)
・賃金は月給制とされ労働の結果による差がなく、遅刻早退による賃金控除が予定され、報酬の労務対償性が認められた(+)

 

【否定例】

職種、裁判例日付、事件名 考慮された要素
証券会社の外務員

大阪地決H7.6.19(太平洋証券事件)

 

・外務員の営業活動については、時間・場所について制限・拘束を受けず、指揮命令を受けることがない(-)
・外務員は他の会社の役員や使用人となったり自営を行うことも自由(-)
・報酬は販売実績に応じた出来高制(-)
・外務員を構成員とする互助組織が存在するがこれを労働組合とみることはできない(-)
英字新聞のフリーランス記者

東京高判H19.11.29(朝日新聞社事件)

 

 

 

・採用時、正社員でなく正社員への登用の可能性もなく、社会保険がないことを説明した(-)

・勤務時間の制約がなく、出勤したかどうかのチェックはない(-)
・職務専念義務がなく、就業規則の適用もない(-)
・高度の専門性を要する業務であって従業員とは異なる扱いを受けていた(-)
・編集部内の机や備品・設備を使用(+)
・勤務時間内に他の社員らスタッフと協力して行う側面がある(+)
・報酬の計算方法が申告した執務日数に日額を乗じて計算する方式であった(+)

トラック持ち込み運転手

さいたま地判H23.7.1(有限会社甲事件)

 

 

・トラックは会社名義でリース会社からリースしていたが、会社が運転手に支払う報酬から、リース料、配車手数料、各種保険料、駐車場代、燃料代及び高速道 路の通行料等が控除され、その残額の支払を受けていたことから、運転手は自らトラックを保有して、自己の危険と計算の下に貨物運送業務に従事していた(-)
・被告の従業員とは異なり、終業時刻について特段の指示を受けておらず、服務についても被告の制服を着用する以外の指示は受けていない(-)
・会社は報酬支払に当たり、所得税を源泉徴収し、給与支払明細書を交付していた(+)
・貨物運送の性質上当然に必要な指示として、運送先や運送品の数量等に関する指示を受け、これについて諾否の自由はなかった(+)
バイシクルメッセンジャー

東京高判H26.5.21(ソクハイ事件)

 

・基本的にはメッセンジャーが稼働日・稼働時間を自由に決定することができ、個別の配送依頼についても拒否ないし辞退することが妨げられていない(-)

・配送に係る手引の存在や、契約を締結したメッセンジャーに対する研修、配送業務に係る指示は存在する(+)が、受託業務の性質によるところが大きく請負契約としての性質に反するとは直ちに認められない
・就業規則が制定されたり、懲戒処分が行われていたとは認められない(-)
・時間や場所等についての一定の拘束性があり、再委託が禁止されている(+)が、いずれも受託業務の性質によるものであること
・報酬は引き受けた配送業務に歩合を掛けて算出した金額とされており、業務に従事した時間の長短には全く影響されず、労務対償性も認められない(-)
・メッセンジャーが、稼働に用いる自転車、携帯電話等を負担し、報酬につき事業所得として確定申告(-)
・兼業は禁止されておらず、実際に行っている者もおり、専属性があるとはいえない(-)

寮の住込み世話人

東京地判H26.9.19(社会福祉法人東京都知的障害者育成会事件)

 

 

・業務委託契約書において、就業規則の適用が予定されず、勤怠管理、人事考課、懲戒当の人事管理に関する定めはない(-)
・世話人に一切の事業を丸投げするという形の運営であって、世話人は事業主として任せられており、指揮命令関係はない(-)
※ただし本件では、契約解除について委任契約の解除に関する民法651条2項を類推適用したうえ、休業手当を定めた労基法26条を参考として、解除後の期間分の月収の6割を乗じた額を損害額として認定した。

 

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