Q&A~法内残業に対する賃金の支払い (HSBCサービシーズ・ジャパン・リミテッド事件)~

Q 当社は、所定労働時間が7時間00分なのですが、法内残業が生じた場合には、どのような金額を支払えば良いのでしょうか。割増賃金の支払義務は生じるのでしょうか。

A 法内残業に対する賃金の支払いについては法的な規制はないため、割増賃金の支払いをする必要はありません。また、支払額を就業規則等に従った金額とすることや、基本給に含めることなども可能です。

⑴ 割増賃金の支払義務
労働基準法上、一日の法定労働時間は8時間とされており、これを超えて労働させた場合(法定労働時間外労働)には、割増賃金の支払義務が生じます(労基法37条1項)。
法定労働時間外労働に対する割増率は25%ですので、例えば、時間単価が1500円の労働者が1時間の法定労働時間外労働をした場合には、1875 円の支払いが必要です。
これに対し、法定労働時間内の残業(いわゆる、法内残業)については、法律上、割増賃金の支払義務は定められていません。

したがって、法内残業に対する割増賃金の支払いは不要です。

⑵ 法内残業の支払金額
次に、法内残業について、いくらを支払うべきかが問題になります。

この点、通達(昭和23年11月4日基発1592号)においては、以下の通り定められています。

 法定労働時間内である限り所定労働時間外の1時間については、別段の定めがない場合には原則として通常の労働時間の賃金を支払わなければならない。但し、労働協約、就業規則等によって、その1時間に対し別に定められた賃金額がある場合にはその別に定められた賃金額で差し支えない。

したがって、上記通達に従えば、労働協約や就業規則による定めに従った金額を支払えば足り、通常の労働時間の賃金とは異なる扱いをすることも可能と考えられます(上記の例ですと、時間単価が1500円の労働者であっても、法内残業代は1時間1000円とすることも、就業規則等に明記をすれば可能であると解されます。)。

裁判例では、年俸制の労働者についてですが、契約書の「報酬」の欄に「年間の俸給は1250万円とし、毎月その12分の1が支払われるものとします。」「年間の俸給は、残業や休日出勤に対するあらゆる賃金を含みます。」と規定されていた事案において、「法内残業について、年俸に含む旨の合意の効力を認めても、何ら労基法に反する結果は生じないから、法内労働に対する賃金につき、これを年俸に含むものとする旨の合意は有効であって、被告には、法内残業に対する賃金の支払義務はないものと解するのが相当である」と判断されています(東京地判平成23年12月27日労判1044号5頁(HSBCサービシーズ・ジャパン・リミテッド事件))

上記通達及び裁判例からすると、法内残業については、通常の賃金(月給制の基本給や年俸制の年俸額)に含む旨の合意をしておくことで、法内残業に対する支払いをゼロとすることも可能であると考えます。

⑶ 法内残業に対する扱い
上記の通り、理論的には、法内残業に対する支払いをゼロにすることも可能ではあります。

もっとも、このような扱いをすると、労働者によっては、所定労働時間を超えてダラダラと残業をしてまったり、会社側も法内残業を黙認してしまうことになり得ますので、結果的に、法定労働時間を超過してしまう可能性が高まる面もあります。
特に、所定労働時間を超えた残業が常態化しており、労働者の努力によっても残業を削減できないような事業場であれば、法内残業時間分の労働密度が低くなってしまい、結果的に残業が増えてしまうリスクがあります。

他方、仕事を効率よく終わらせれば残業を減らすことができるような事業場であれば、このような扱いをすることで労働者のモチベーションアップにつながる面もあります(法内残業をしてもしなくても賃金が変わらないのであれば、効率的に仕事をこなした方が1時間当たりの単価は高くなりますし、ワークライフバランスの向上にもつながります。)。

以上の通り、法内残業の扱いをどのようにするかは、各事業場の実態に応じて検討をしていく必要があります。

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