Q&A~クレーム対応と過労死(福岡高裁宮崎支判平成29年8月23日)~

Q. 当社の営業職の従業員が、クレーム対応等に追われており、出張からの自宅に帰宅した際に倒れて病院に運ばれ、その後急性循環不全により死亡しました。遺族からは、長時間労働及びクレーム対応に従事したことによる過労死だと主張されているのですが、直近の時間外労働時間は、平均50時間であって、いわゆる過労死基準には達しておりません。このような場合でも、当社が責任を負うことはあるのでしょうか。

A. 時間外労働時間が過労死基準に該当しないからといって、それだけを理由に会社側の損害賠償責任が否定されるわけではありません。本件のように、クレーム対応等に追われていたような場合、これが強度の精神的、身体的負荷となったと判断され、これについて必要な措置を講じていなかったとして、会社が安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う可能性はあります。特に、昨今、カスタマーハラスメントという言葉も浸透し始めていますので、クレーム対応等に従事する労働者が、その健康を害することがないように細心の注意を払う必要があります。

【解説】
1 使用者の安全配慮義務
使用者は、労働契約法に基づいて、労働者がその生命、身体等の安全を確保しながら労働することができるように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っています(労働契約法5条)。
具体的には、労働者の労働時間が長時間に及んでいる場合には、これを削減するための具体的措置を講じることが求められます。
このような具体的措置を講じず、その結果、労働者が健康を害するに至った場合には、使用者は、安全配慮義務違反の損害賠償責任を負うことになります(この場合、会社のみならず、上司や取締役が損害賠償責任を負うこともあります。詳細は、過去のQAをご参照下さい。)。

2 いわゆる過労死基準
厚労省作成の脳・心臓疾患の労災認定基準においては、発症前2ヶ月から6ヶ月に渡り、平均して月80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との間の関連性が強いと判断されています。
そのため、この80時間が過労死の目安時間とされ、一般的に、「過労死基準」と呼ばれています。
この過労死基準は、労災認定という行政上の判断のみならず、使用者の安全配慮義務違反の損害賠償責任が認められるか否かという点でも用いられており、過労死基準を超える場合には使用者の安全配慮義務違反が肯定される可能性は極めて高いとされています。

もっとも、過労死基準はひとつの目安であり、過労死基準に達していない場合でも、その他の事情(例えば、業務の質的過重性、長距離出張の頻度など)と相まって、使用者の安全配慮義務違反が肯定される例もあるため、注意が必要です。

3 クレーム対応と過労死
クレーム対応は、それ自体が対応者に相応の精神的負荷を与えるものですので、過労死基準に達していないようなケースであったとしても、過労死の直前にクレーム対応に追われていたような場合であれば、これと相まって使用者の安全配慮義務違反(民事責任)が肯定される可能性もあります。

労災認定の事案ではありますが、実際の裁判例でも、時間外労働時間は平均56時間15分と過労死基準は下回るものの、その労働者が従事していたクレーム対応は、会社が取り扱う食品が腐敗していたことに起因するものであったこと、大口の取引先を失うことになりかねない重大なものであったことなどから、その対応により相当の精神的負荷が生じたものと判断し、業務起因性が認められています(福岡高裁宮崎支判平成29年8月23日)。労災認定における業務起因性と使用者の安全配慮義務違反の判断は、同じになることが多いため、この事案では、使用者の民事責任も肯定される可能性が高いものと考えられます。

このように、使用者としては、安全配慮義務の一環として、クレーム対応に従事している労働者が疲労を蓄積させてしまっていないか、過度な精神的負荷が生じていないかを把握し、必要に応じて、疲労回復や負担軽減のための措置を講じることが求められるといえます。

また、クレーム対応に関しては、取引先から謝罪を要求される、厳しい口調で責められることも想定されますが、特に自社に責任がある場合には、取引先から通常の謝罪にはとどまらないような不当な要求を受ける、無理難題を押し付けられるなど、担当者が一人では対処しきれない場合もあります。このような場合に、担当者が、取引先からの要求にどうにか応じようとして、過度な精神的負荷が生じてしまう可能性もあります。
そのため、クレーム対応に従事する労働者が、そのような不当な要求などを一人で抱え込んでしまっていないかを把握するとともに、要求に応じられる範囲の線引きを社内で確定しておく、クレーム対応を上司等が引き継ぐなどの措置を講じるべきです。

ご質問のケースに関しても、クレーム対応等の内容によっては、過労死基準に達していないとしても、使用者の安全配慮義務違反が肯定される可能性はあります。

4 カスタマーハラスメントを踏まえた対策
昨今、徐々に「カスタマーハラスメント」という言葉が浸透し始めており、単に外部からのクレームに対応する(すなわち、「クレームから会社を守る」)という観点のみならず、外部からのクレームによって対応者(労働者)が健康を害することを防止する(すなわち、「クレームから労働者を守る」)という観点が重要視され始めています。
労働施策総合推進法によって定められたパワハラ指針においても、「クレームから労働者を守る」という観点で、「カスタマーハラスメント」が言及されており、今後、厚生労働省において、カスタマーハラスメント対応マニュアルが策定される予定です。カスタマーハラスメントに対する関心が社会的に高まっていく中で、それに伴って使用者に求められる措置のレベルも高まっていくことが想定されます。

以上の通りですので、使用者としては、新たに「クレームから労働者を守る」(カスタマーハラスメント)という観点を持ち、社内マニュアルの作成、社内研修の実施、クレーム対応者へのきめ細かなフォロー体制の整備等を行っていく必要があります。

なお、当事務所の所属弁護士が担当する有料WEBセミナー(「カスタマーハラスメントの法的対応と社内体制構築――BtoCからBtoBまで」)が、2021年7月28日より視聴可能となりますので、ご興味のある方は是非ご視聴いただければと思います。
https://www.shojihomu.co.jp/seminar?seminarId=15151105

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