長崎地裁支部、体調不良の原因が長時間労働になくとも、使用者の慰謝料分の損害賠償責任を肯定

長崎地裁大村支部は、令和元年10月4日、製麺会社の元従業員が未払賃金及び慰謝料等の請求をしていた事案において、体調不良の原因は長時間労働ではないが、「労働状況を改善せず、人格的利益を侵害した」ことは違法であると判断し、慰謝料30万円の支払を使用者に命じました(https://this.kiji.is/552755764552647777)。

使用者は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を害することがないように注意すべき義務を負っており、これを怠って労働者の健康が害された場合には、損害賠償責任を負います。いわゆる過労死基準(※1)を超えるような長時間労働の実態があり、これにより、労働者が精神障害を発症してしまったようなケースは、その典型例といえます。このようなケースの場合、長時間労働の実態がある以上は、労働者の精神障害の発症と間の因果関係が認められてしまうことが多く、使用者の損害賠償責任は肯定されやすいといえます。
他方、長時間労働と労働者の精神障害の発症との間に因果関係が認められない場合(例えば、直近、身内が亡くなってしまい、そのことによる心理的影響で精神障害を発症したというような場合)は、使用者の損害賠償責任は否定されます。
本判決は、労働者の体調不良の原因は長時間労働ではないと認定しながらも、労働者に長時間労働をさせていたこと自体を理由に使用者に慰謝料分の損害賠償責任を肯定しており、珍しい判断をした裁判例といえます。

同様の判断をした最近の裁判例としては、労働者に約1年に渡り概ね月80時間を超える時間外労働に従事させていたという事案で、原告が長時間労働により心身の不調を来したことを認めるに足りる医学的証拠はないが、「結果的に原告が具体的な疾患を発症するに至らなかったとしても,被告は安全配慮義務を怠り,1年余にわたり,原告を心身の不調をきたす危険があるような長時間労働に従事させたのであるから,原告には慰謝料相当額の損害が認められる」と判断した例があります(東京地判平成28年5月30日)。

働き方改革関連法において、時間外労働の上限規制が導入されたり、労働時間状況の把握義務が明文化されるなど、長時間労働是正の動きは高まっています。本判決及び上記裁判例における、長時間労働自体を理由とした慰謝料分の損害賠償責任を肯定する流れも、このような長時間労働の是正を意識したものと推測されます。これらの裁判例を参考に、労働者側が、未払残業代請求を行う場合に、付加金のほかに、長時間労働自体を理由とする慰謝料請求を行うことが一般化し、このような慰謝料請求を肯定する裁判例も増えるのではないかと思われます。
使用者としては、労働者に時間外労働をさせたこと自体を理由に慰謝料分の損害賠償責任を負う可能性があるのだというリスクを十分に理解した上で、労働時間管理の見直しを図る必要があります。

※1 厚労省作成の脳・心臓疾患の労災認定基準においては、発症前2ヶ月から6ヶ月に渡り、平均して月80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との間の関連性が強いと判断されているため、この80時間が過労死の目安時間とされ、「過労死基準」と呼ばれています。

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